鑑定人尋問

鑑定人尋問と称して,訴追側・弁護側双方が丁々発止とやり合うことが,刑事訴訟法のあるべき姿であると誤解する向きがあるようです。

それでは,条文を検討致しましょう。

第321条 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは,次に掲げる場合に限り,これを証拠とすることができる。

この条文の3項をみると,「検察官,検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は,その供述者が公判期日において証人として尋問を受け,その真正に作成されたものであることを供述したときは,第一項の規定にかかわらず,これを証拠とすることができる。」と定められております。

そして4項には,こう書かれています。

「鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても,前項と同様である。」

かように条文を検討すると,鑑定人尋問には,条文上の根拠がないことが解ります。鑑定人が,鑑定書という文書をまとめて,署名押印し,法廷で私が書きましたと証言すれば(真正成立立証=自己の意思で作成したということ),これで証拠能力を認めるには十分です。

そして,この立場を貫いた裁判官がただ一人おられました。

もっとも証拠能力と証明力は別レベルの問題です。

鑑定書にある,「鉄は水に浮かぶとする記載部分はおかしい。」と指摘することは許されるのでしょう。

そして,証拠能力レベルではなく,かような証明力のレベルでは,鑑定人尋問が許されると解する余地がありそうです。

もっとも,ただ一人の裁判官は,これに反した取扱をしました。

思うに,「証拠の証明力は裁判官の自由な判断に委ねる。」(318条)からすれば,当事者法曹の鑑定人尋問はムダであり,そのような時間があったら,鑑定書を精査する時間に充てた方が良いという考えなのかも知れません。